札幌地方裁判所 昭和32年(行)16号 判決 1960年5月30日
原告 細谷熙
被告 北海道知事
主文
被告が、別紙目録記載の(一)の土地について昭和二四年一二月二日、同(二)の土地について同二三年一〇月二日をそれぞれ買収の時期としてなした買収処分が無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二原告の主張
一、別紙目録記載の各土地(これは互に相接し、一団の土地となつている。そこで以下単に本件土地という。)は原告の所有であつたが、訴外琴似町農地委員会は、これを不在地主の所有する小作地として、自作農創設特別措置法第三条第一項第一号により、本件(一)の土地については昭和二四年一二月二日本件(二)の土地については同二三年一〇月二日を買収の時期とする買収計画を樹立し、被告は所定の承諾を経たうえ、右計画に基いて、右買収の時期後間もなく原告に買収令書を交付して本件土地を買収した。
二、しかしながら、右買収処分には次のようにこれを無効とすべき原因がある。
(1) 本件土地は、右買収当時、農地ではなく、原野または牧野であつた。すなわち、
本件土地は、元来、原告の亡父で医師をしていた訴外細谷友治が、昭和七年頃本件土地の環境が閑静であるところから、将来同地に精神病院を建設するために買入れたものであるが、当時本件土地は、農地ではなく、天然の牧草や雑草或いは灌木の群生する原野ないし牧野であつて、札幌市郊外の円山競技場に隣接して、同競技場の風致を形成していた。しかし、原告の父は翌八年死亡したため、右計画を実行することができなかつた。そこで、右友治の家督相続をした原告は医師を志し、亡父の右意志を継承しようとした。ところが、原告は昭和一七年東京医専を卒業後直ちに召集されて兵役に服したため、またまたこの志もならず、本件土地は空しく前記原野ないし牧野のまま放置されて本件買収処分の当時に至つた。したがつて、本件土地は一度も農地として使用されたことがない。
もつとも、昭和一九年より同二二年までの間、原告の家族が、当時の食糧難のため食糧自給の一助として、本件土地のうち一反歩ないし二反歩を耕して、馬鈴薯を栽培したことはある。
しかしそれは家庭菜園の延長ともいうべきもので、これをもつて直ちに本件土地が農地となるものではない。
(2) かりに、本件土地が前記買収当時農地であつたとしても、それは小作地ではない。すなわち、
原告はいまだ嘗て何人に対しても本件土地を小作させたことがない。殊に、本件土地中前記の如く原告が耕作した二反歩は原告の自作地である。
もつとも、原告の母訴外細谷タカが、昭和一〇年頃、当時未成年者であつた原告の法定代理人として訴外赤坂光雄に対し、同人の強つての要請により本件土地の牧草や雑草を家畜の飼料にするため無償で採取することは許可し、右赤坂が爾来前記買収当時まで本件土地に立入つて採草していたことはある。しかし、これはあくまで採草のみを目的としたものであつて、前記タカが右赤坂に対し本件土地を耕作のため賃貸したり使用貸したりなど絶対にしたことはない。
以上の如き違法原因は、いずれも重大かつ明白な瑕疵である。
よつて、原告は本件買収処分の無効確認を求める。
第三被告の主張
一、原告主張の一の事実は認める。
二、(1) 同二(1)の事実中「原告の亡父訴外細谷友治が昭和七年頃本件土地を買入れたこと、および同人が翌八年死亡したので、その家督を相続した原告が本件土地の所有者となつたこと。」は認める。しかし「右友治が医師であつたこと。および原告が東京医専を卒業後、直ちに応召して兵役に服したこと。」は不知。その余の事実は争う。
本件土地は、前記買収当時、農地であつた。すなわち、
本件土地は昭和六年三月当時既に公簿上地目は畑とされ、その後これを一貫して右買収当時まで変ることなく、実際にも、原告の亡父が右土地を買入れる以前既に訴外竹花千太郎同吉村重文の両名が相ついで本件土地を耕作し、原告が本件土地の所有者となつているからは、訴外赤坂光雄が昭和一〇年頃以来本件土地を耕作して、牧草・家畜の飼料・雑穀等を栽培し、前記買収の当時に至つたものである。
(2) 原告主張の二(2)の事実は否認する。
本件土地は、前記買収当時、小作地であつた。すなわち、原告の母訴外細谷タカは、昭和一〇年頃、当時未成年者であつた原告の法定代理人として、本件土地の近隣に居住し農業に精励していた訴外赤坂光雄に対し、自ら要請して、本件土地を耕作の目的で、期限の定めなく、賃料は毎年金二〇円相当の雑穀・野菜等を物納し、かつ赤坂が原告に代つて本件土地の公租公課を負担する約束で、賃貸した。そこで、右赤坂は直ちに本件土地を耕作し、爾来前記買収当時まで、誠実に右契約に従つて、原告に対し前記小作料を物納し、かつ本件土地の地租等を代納した。
以上のとおりであるから、本件買収処分にはなんらの瑕疵も存しない。よつて、原告の本訴請求は失当である。
第四証拠<省略>
理由
一、原告主張の一の事実は当事者間に争がない。
二、そこで、原告主張の無効原因について、順次検討を加えてみる。
(1) 「原告の亡父訴外細谷友治が昭和七年頃本件土地を買入れたこと。および同人が翌八年死亡したので、その家督を相続した原告が本件土地の所有者となつたこと。」は当事者間に争がない。そして、右事実に、成立の真正につき当事者間に争のない甲第一号証、証人赤坂光雄の証言(第二回)により成立の真正を認められる乙第一号証の一部および同第七第八号証、証人細谷彬(第一、二回)・同植田正人・同増永弥三吉・同石山孝造・同峰巣格・同勝浦敏夫・同大上サダ、同大上春夫・同赤坂光雄(第一、二回、但し、いずれもその一部)の各証言、原告本人尋問および検証の各結果ならびに弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち、
「(イ) 本件土地は、元来、医師をしていた原告の父が当時同所が札幌市の郊外に位し、(但し、同所は当時の原告の住所および本件買収当時の原告の住所から数キロも離れていた。)環境すこぶる閑静であることに着目して、将来同地に精神病院を建設する目的で買入れたものであつたが、同人は翌八年死亡したため、右計画を実行することができなかつた。原告はその後医師となり、亡父の右意志を継承しようとしたが、昭和一七年召集されて兵役に服したゝめ、またまたこの志も成らず、遂に本件土地は、右目的のためのなんらの手も加えられることなく、前記買収の当時に至つた。
(ロ) 本件土地は、原告の父が買入れる以前、既に訴外竹花千太郎同吉村重文の両名が相次いで一部耕作し、雑穀・家畜の飼料・牧草等を栽培していたが、原告家の所有となつてからは、全くこれを中止したゝめ、その後は荒れるにまかされ、昭和十年頃には、本件土地の北半分位に以前の耕作者の播種した牧草の残り、南半分位に雑草・笹・アカシヤ等のかん木が生え、中央部の低い部分は湿地となつて、いわゆる荒蕪地の有様となつた。たまたまこの頃、本件土地の近隣で農業および畜産業を営んでいた訴外赤坂光雄は、牛馬等の飼料にするため、後記の如く原告家から本件土地の右牧草や雑草等を採取することの許可を受けたが、一時本件土地の一部分で雑穀・そば等を作つたところ、日当りが悪いことや地味がやせているため、たいした収穫もなかつたので、その後は全く右耕作をあきらめて、その跡に時折牧草を播種した。ところが、本件土地には、周囲の土地殊に東側の旧札幌市有林および南側の山林より笹・雑草・かん木(主にアカシヤ)等の侵入がはげしくて、昭和一四、五年頃には、遂に本件土地は全面にわたり右笹・雑草・アカシヤ等が群生し、ところどころ牧草が生育する原野の状況となつてしまつた。ところで、前記赤坂は専ら本件土地に牛馬を繋き、また年に数回右牧草や雑草を刈取つて、自己の家畜の飼料に供した。
(ハ) 右のような状況のまゝ昭和一九年に至つたが、当時戦争のため食糧事情が悪化したので、原告家は食糧自給の目的で、同年本件土地の中央より北側の部分で比較的地味の肥えている約一反歩を開墾して、同部分に馬鈴薯を栽培し、次いで翌二〇年にも同じ部分約一反歩、同二一年には更に右部分にそのまた北寄りの部分一反歩を増加して合計約二反歩、同二二年には右同部分約二反歩をそれぞれ耕して、(以上の点については、原告代理人の昭和三四年十一月二日付準備書面添付の図面参照)馬鈴薯を栽培し、相当の収穫を得た。しかしながら本件土地の右耕作しない部分には、以前にも増して雑草・笹・アカシヤ等が生い茂り、殊にアカシヤは一般には人の背丈位の木が多かつたが、中には五米から七、八米位の高さに達する木もあり、その中を前記赤坂が前同様採草したり家畜を繋いだりして利用した。その後、原告家は同二三年以降本件土地を耕作しなかつたので、右赤坂は前記原告の耕作した跡にデントコーン等を栽培して、本件買収の当時におよんだ。」
右認定に反する前掲乙第一号証および証人赤坂光雄の証言(第一、二回)の各一部は前掲各証拠と対比して、いずれもそのまま信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
してみれば、前記買収当時、本件土地中前記原告家が耕作した部分約二反歩は、その耕作の程度・面積、本件土地の位置および状況等よりして、単なる家庭菜園ないしその延長であるものとは考えられず、農地であつたと認定するを相当とするが、右部分以外の本件土地約四反七畝は、いわゆる休耕地ではなく、原野ないし牧野であつたと認定するのが相当である。
もつとも、成立の真正につき当事者間に争のない乙第二号証の一ないし四および弁論の全趣旨を綜合すれば「本件土地は、昭和六年三月当時、既に公簿上地目は畑と記載され、その後これを一貫して本件買収当時まで変ることがなかつたこと」が認められるが、右公簿上の記載ある一事を以ては、いまだ前記認定の妨げとはなり得ない。
そうだとすれば、本件土地の買収処分には、すでに右非農地の部分につきこれを農地として買収した違法原因(瑕疵)があるものといわなければならない。
(2) そこで進んで、本件土地中右農地の部分に、前記買収当時、小作契約が存したか否かこの点について考えてみる。
先ず、前掲乙第一号証、証人赤坂光雄の証言(第一、二回)により成立の真正を認められる同第三号証の一ないし三ならびに同第五号証の一および二、成立の真正につき当事者間に争のない同第四号証、および右赤坂証言(第一、二回)を綜合すれば、被告主張の如く、「原告の母訴外細谷タカは、昭和一〇年頃、当時未成年者であつた原告の法定代理人として前記赤坂光雄に対し、自ら要請して、本件土地を耕作の目的で、被告主張の如き約束のもとに賃貸したこと」が認められない訳ではない。しかしながら、右各証拠中(イ)、「訴外赤坂が原告に対し、賃料の一部として、毎年金二〇円相当の雑穀・野菜等を物納した」最も有力な証拠とされる乙第三号証の一ないし三は、前記赤坂証人の証言によつても、必ずしもその意味内容は明らかではなく、また同号証の記載内容中には、右物納の分ばかりでなく、赤坂が対価を得て原告家に売渡した農作物も相当数含まれておつて、いずれが物納の分か売買の分か判然としないこと、既に右赤坂証人も認めているところであるのみならず、更に措信し得べき前掲証人細谷彬の各証言(第一、二回)および弁論の全趣旨によれば、右乙第三号証は、赤坂が原告家にいわゆるやみ売りした農作物の品目・数量・対価等や後述の如く赤坂が本件土地で無償で採草することの謝礼として、原告家に贈与した農作物等を記載したメモにすぎないものとも解せられない訳ではないから、同号証の証拠価値は必ずしも被告側にのみ有利であるとは考えられず、況んや前記賃貸借契約の存在を立証する最も有力な資料とは到底断定すること困難である。(ロ)、次に、「訴外赤坂が、前記賃料の一部として、原告に代り昭和一〇年以来本件土地の公租公課を負担した」最も有力な証拠とされる乙第四号証は、その記載自体に照らし、単に赤坂が昭和二四年度の本件土地の地租を原告に代り支払つた領収書にすぎないもので、それ以前の公租公課も右赤坂が代納した証拠とは到底認めること困難であるのみならず、かえつて、成立に争のない甲第二号証、同第三号証の一、同第四号証の一ないし三、同第五号証の一ないし三、同第六号証に前掲証人細谷彬の各証言(第一ないし第三回)および弁論の全趣旨によれば、「昭和二三年度以前の本件土地の公租公課はすべて原告が支払つていること、および右赤坂が昭和二四年度だけ地租を代納したのは、その頃、本件土地の買収と同地が同人に売渡されることが殆んど確定的であつたことや税金がとるに足らない僅少額であつたために、便宜赤坂が原告に代り支払つたにすぎないこと。」明らかであるから、前記乙第四号証の証明力は殆んど無きに等しいものというべきである。(ハ)、次に、証人赤坂光雄の証言(第一、二回)およびこれと同一視し得る乙第一号証については、以上の如き諸般の事情に、措信し得る前掲証人細谷彬の各証言(第一ないし第三回)、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨と対比してみて、前記賃貸借契約存在の点については、にわかにそのまゝ信用できない。以上のとおりであるから、本件土地につき被告主張の如き賃貸借契約が存在したものとは、到底認定困難である。
ところで、前掲証人細谷彬の各証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば「原告の母訴外細谷タカは、昭和一〇年頃、当時未成年者であつた原告の法定代理人として、前記赤坂光雄に対し、同人の強つての要請により、本件土地の牧草を家畜の飼料にするため無償で採取することを許可したこと。しかし、これはあくまで採草のみを目的としたものであつて、右タカは赤坂と本件土地の耕作を目的とする賃貸借や使用貸借契約を締結したことはなかつたこと。および原告はいまだ嘗て何人に対しても本件土地の小作契約を締結したことはないこと。」が認められる。他に右認定を左右するに足る証拠はない。
してみれば、本件土地の買収処分には、前記農地の部分についても、小作契約がないのに、これを小作地として買収した違法原因(瑕疵)があるものといわなければならない。
(3) したがつて、本件買収処分には、本件土地の非農地の部分を農地として、農地の部分についても、小作地でないのにこれを小作地として買収した瑕疵があるものというべきである。そして、右瑕疵は、本件の場合、いずれも重大かつ明白なものと解するを相当とする。それゆえ、本件土地の前記買収処分は無効であるといわなければならない。
三、よつて、原告の本訴請求は正当として、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤竹三郎 古川純一 片山邦宏)
(別紙物件目録省略)